11月8日の天理稲田酒造への納会ウオーク下見-1
11月15日 11月8日の天理稲田酒造への納会ウオーク下見-1
12月の納会ウオークのコース下見 約6km
秋だと言うのに夏日にちかい最高気温24度の予報、夏の装備で歩くと丁度過ごし易い、
M吉さんK場さんに協力して貰って、歩こう会の12月度の納会ウオークのコース下見に
JR桜井線の長柄駅~天理教の茶飲み処迄の約5kmと其処から天理駅までの約1km
で合計約6kmを歩いて検証?して来た・・・
此の日の私の万歩計は、17492歩で約12.9km歩いた事に・・・
コース・・・雨天決行、但し雨天時は天理教教祖誕生殿の見学は無しに?する
JR長柄駅(受付・スタート)~500mで大和神社入り口~神社参拝後~270m先の鳥居
~国道169号~天理教教祖誕生殿~春日神社横~突当り左折~藤の棚前~サンエー
化研~浄国寺横~恵比寿神社・市座神社~丹波市跡~田中歯科角~国道25号~市文
化センター~2つ目の信号~天理教茶飲み処(昼食)~稲田酒造~天理駅(解散)
大和神社、天理教教祖誕生殿、天理教お茶飲み処、稲田酒造様に各々の12月18日の
お願いをして天理駅~奈良駅へ出て王寺駅経由で帰った。
集合場所・・・JR桜井線 長柄駅駅前広場
長柄駅で降りて、とても綺麗な駅だ
大和神社へ向う
大和神社(おおやまとじんじゃ)・・・良かったです
戦艦「大和」にも縁のある正一位の社。
大和一国の国御霊(くにみたま)を祀る神社で、今から約2000年前に創建された日本
最古の神社です。
御祭神は「日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)」、国土の守護神として、
天照大御神と共に宮中に祀られていた神様です。
しかし、崇神天皇5年に国中に疫病が流行り人民が死に絶える事態がおきます。
神様を人間と一緒に宮中に祀っているのが原因だとして、「天照大神」を皇女豊鍬入
姫命に勅して倭の笠縫の邑に、「大和大国魂神」を皇女渟名城入姫命に勅して、大市
の長岡岬に奉遷したのが大和神社の創祀と伝えられています。
鳥居の外からは
本殿が見えない・・・
天理教教祖誕生殿
天理教の教祖、中山みきは寛政10(1798)年4月18日に三昧田町(旧大和国山辺郡
三昧田村)で生まれました。
生家である前川家はこの地で代々庄屋を勤め、信心深い家柄でもありました。そのよ
うな家庭で生まれ育った教祖みきは、聡明で素直な優しい人柄だと、村でも評判の人
で、数え13才の時に三島町(旧同郡庄屋敷村)の中山家へ嫁ぎました。
生家は現在も、そのままの姿で残され、当時の面影を伺うことができます。
藤の棚・・・松尾芭蕉の句碑
貞享4年(1687)10月、江戸を発って故郷伊賀上野で越年した芭蕉は、翌年3月、杜国
(万菊丸)を同道して、吉野の花見・高野詣・紀伊遊覧・大和の順遊を試み、4月、須磨
・明石を訪ねて、同月下旬、京に入った。
弟子を伴って此処を訪れた芭蕉は、藤の花を見て、「 草臥(くたび)れて宿かる比(ころ)
や藤の花」と詠み、その句碑が藤棚の下で、今も静かに四季を見つめています。
丹波市跡
丹波市町の恵比寿神社・市座神社へ向う
此の続きは、
11月8日の天理稲田酒造への納会ウオーク下見-2 として
下記のメインブログへ詳細を投稿します。
https://taharas-amami-nara.blog.so-net.ne.jp/
続きは、丹波市跡~
丹波市跡・・・丹波の国から戎さんを勧請して市を開いたから丹波市?
なぜ丹波といったかは詳かではないが、古代の氏族に関係ないかと疑っている。大和
郡山市に美濃庄あり、丹後庄あり、和爾と櫟本には丹後という小字があるから、中世
の領主関係か併せ考うべきである。ここが中世末になって上街道に沿った市場として
発達して丹波市となった。丹波の国から戎さんを勧請して市を開いたから丹波市という
と一般にいわれているが、丹波の名は延久以前にさかのぼる。
丹波市町の恵比寿神社・市座神社
参道の入口左側には丹波から遷されたという恵美須神社、また本殿の右側には妙見社が
あります。創祀は不明ですが、事代主命を祀り、今も丹波市の名にふさわしく市場の守
護神として尊崇されています。奧の境内は広く、一角には明治時代まで橋として使われ
ていた大きな石が立てかけられています。この石は緑色をしており、もともとは古墳に
収められた石棺の蓋でした。橋として近代まで転用されていただけあって、とても大き
なものです。今では面影がありませんが、近くには古墳がたくさんあったそうです。
この石もその中の一つの古墳で使われたものと考えられます。
天理教のお茶飲み所へ向かう
銀杏並木が色付いてとても綺麗だが・・・
天理教のお茶飲み所で昼食休憩
12月18日に団体で昼食休憩に使わせて貰うお願いをして稲田酒造様へ・・・
三島本通商店街へ
稲田酒造・・・HPより
稲田酒造は明治10年から天理市で天理教会の御神酒として日本酒造りを始めました。
稲田酒造合名会社はJR・近鉄天理駅から東西に伸びる三島本通り商店街にある創業
130年余りの酒蔵です。 小さな蔵元ですが造り手、売り手、飲み手が一本の糸で
結ばれ、それぞれの顔が見える状況にあること、人と人との繋がりを大切にすること
をモットーに営業しております。
また昭和45年より造り酒屋のおいしい奈良漬けとして白瓜、きゅうり、スイカ、守
口大根、生姜等の奈良漬けを製造・販売させていただいております。
天理本通
天理駅へ向かうアーケード商店街
天理駅~奈良駅へ出て王寺経由で帰宅
おまけ
12月の納会ウオークのコース下見 約6km
秋だと言うのに夏日にちかい最高気温24度の予報、夏の装備で歩くと丁度過ごし易い、
M吉さんK場さんに協力して貰って、歩こう会の12月度の納会ウオークのコース下見に
JR桜井線の長柄駅~天理教の茶飲み処迄の約5kmと其処から天理駅までの約1km
で合計約6kmを歩いて検証?して来た・・・
此の日の私の万歩計は、17492歩で約12.9km歩いた事に・・・
コース・・・雨天決行、但し雨天時は天理教教祖誕生殿の見学は無しに?する
JR長柄駅(受付・スタート)~500mで大和神社入り口~神社参拝後~270m先の鳥居
~国道169号~天理教教祖誕生殿~春日神社横~突当り左折~藤の棚前~サンエー
化研~浄国寺横~恵比寿神社・市座神社~丹波市跡~田中歯科角~国道25号~市文
化センター~2つ目の信号~天理教茶飲み処(昼食)~稲田酒造~天理駅(解散)
大和神社、天理教教祖誕生殿、天理教お茶飲み処、稲田酒造様に各々の12月18日の
お願いをして天理駅~奈良駅へ出て王寺駅経由で帰った。
集合場所・・・JR桜井線 長柄駅駅前広場
長柄駅で降りて、とても綺麗な駅だ
大和神社へ向う
大和神社(おおやまとじんじゃ)・・・良かったです
戦艦「大和」にも縁のある正一位の社。
大和一国の国御霊(くにみたま)を祀る神社で、今から約2000年前に創建された日本
最古の神社です。
御祭神は「日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)」、国土の守護神として、
天照大御神と共に宮中に祀られていた神様です。
しかし、崇神天皇5年に国中に疫病が流行り人民が死に絶える事態がおきます。
神様を人間と一緒に宮中に祀っているのが原因だとして、「天照大神」を皇女豊鍬入
姫命に勅して倭の笠縫の邑に、「大和大国魂神」を皇女渟名城入姫命に勅して、大市
の長岡岬に奉遷したのが大和神社の創祀と伝えられています。
鳥居の外からは
本殿が見えない・・・
天理教教祖誕生殿
天理教の教祖、中山みきは寛政10(1798)年4月18日に三昧田町(旧大和国山辺郡
三昧田村)で生まれました。
生家である前川家はこの地で代々庄屋を勤め、信心深い家柄でもありました。そのよ
うな家庭で生まれ育った教祖みきは、聡明で素直な優しい人柄だと、村でも評判の人
で、数え13才の時に三島町(旧同郡庄屋敷村)の中山家へ嫁ぎました。
生家は現在も、そのままの姿で残され、当時の面影を伺うことができます。
藤の棚・・・松尾芭蕉の句碑
貞享4年(1687)10月、江戸を発って故郷伊賀上野で越年した芭蕉は、翌年3月、杜国
(万菊丸)を同道して、吉野の花見・高野詣・紀伊遊覧・大和の順遊を試み、4月、須磨
・明石を訪ねて、同月下旬、京に入った。
弟子を伴って此処を訪れた芭蕉は、藤の花を見て、「 草臥(くたび)れて宿かる比(ころ)
や藤の花」と詠み、その句碑が藤棚の下で、今も静かに四季を見つめています。
丹波市跡
丹波市町の恵比寿神社・市座神社へ向う
此の続きは、
11月8日の天理稲田酒造への納会ウオーク下見-2 として
下記のメインブログへ詳細を投稿します。
https://taharas-amami-nara.blog.so-net.ne.jp/
続きは、丹波市跡~
丹波市跡・・・丹波の国から戎さんを勧請して市を開いたから丹波市?
なぜ丹波といったかは詳かではないが、古代の氏族に関係ないかと疑っている。大和
郡山市に美濃庄あり、丹後庄あり、和爾と櫟本には丹後という小字があるから、中世
の領主関係か併せ考うべきである。ここが中世末になって上街道に沿った市場として
発達して丹波市となった。丹波の国から戎さんを勧請して市を開いたから丹波市という
と一般にいわれているが、丹波の名は延久以前にさかのぼる。
丹波市町の恵比寿神社・市座神社
参道の入口左側には丹波から遷されたという恵美須神社、また本殿の右側には妙見社が
あります。創祀は不明ですが、事代主命を祀り、今も丹波市の名にふさわしく市場の守
護神として尊崇されています。奧の境内は広く、一角には明治時代まで橋として使われ
ていた大きな石が立てかけられています。この石は緑色をしており、もともとは古墳に
収められた石棺の蓋でした。橋として近代まで転用されていただけあって、とても大き
なものです。今では面影がありませんが、近くには古墳がたくさんあったそうです。
この石もその中の一つの古墳で使われたものと考えられます。
天理教のお茶飲み所へ向かう
銀杏並木が色付いてとても綺麗だが・・・
天理教のお茶飲み所で昼食休憩
12月18日に団体で昼食休憩に使わせて貰うお願いをして稲田酒造様へ・・・
三島本通商店街へ
稲田酒造・・・HPより
稲田酒造は明治10年から天理市で天理教会の御神酒として日本酒造りを始めました。
稲田酒造合名会社はJR・近鉄天理駅から東西に伸びる三島本通り商店街にある創業
130年余りの酒蔵です。 小さな蔵元ですが造り手、売り手、飲み手が一本の糸で
結ばれ、それぞれの顔が見える状況にあること、人と人との繋がりを大切にすること
をモットーに営業しております。
また昭和45年より造り酒屋のおいしい奈良漬けとして白瓜、きゅうり、スイカ、守
口大根、生姜等の奈良漬けを製造・販売させていただいております。
天理本通
天理駅へ向かうアーケード商店街
天理駅~奈良駅へ出て王寺経由で帰宅
おまけ